| Lacrimosa――1/探し物屋 |
|---|
| プロンテラの南城門を出ると、冒険の仲間を募る看板がずらりと並んでいる。その傍には商魂逞しい商人たちが露店を連ね、これから旅立つ冒険者たちにポーションを始めとした消耗品をせっせと売り付けていた。 少し視線を巡らせれば、近くにはギルドの加入者を公募する看板が並び、新しい人材を求めるギルド側とより条件の良いギルドを探す冒険者のやり取りが賑やかだ。 人が集まれば当然余興も始まる。即興の芝居を始めて客を集めている一団があるかと思えば、少し離れた場所ではバードやクラウンが数人で集まって演奏会を開いている。 四方八方から活気のある声を浴びながら、ロジェは借りてきたばかりの看板を手に手頃な場所を探していた。片手に看板を抱え、ファー付きの青いオーバースカートを揺らしながらあちこち歩き回る。 そこそこ人目について、かつあまり目立たない場所。今日は人の出が多いのか、いつもの定位置にまで露店がはみ出している所為で行き場が決まらない。 「参ったなこいつは……」 ぼやいてみても始まらない。いい場所はないかと探してみるが、今日に限って冒険者たちは呆れるほど大勢溢れ、普段ならば看板を置かないような場所にまで所狭しと仲間募集の看板が立っている。 「そこのチェイサーさん、仲間探してるならどう?」 声を掛けられて見やると、転生した者ばかりが車座になっている一団が手を振っていた。看板にはチョークの走り書きで「タナトスタワー行き」と書かれている。 「いやぁ、俺はちょっと」 短く断ると、相手もさして気にした様子も無く応じ、また雑談に戻っていった。ここに集まる冒険者は一期一会だ。気楽に誘い、気楽に断り、気にしないのが暗黙のルールになっている。 再び場所探しを始め、程なくして木陰にぽっかりと開いている場所を見つけた。 人の多い辺りから遠すぎず近すぎず、目立ちもしないが、埋もれもしない。 この場所ならば上等、と抱えていた看板を下ろして一息つき、何の気なしに視線を巡らせると、一人のハイプリーストが立っていた。 柔らかそうな栗毛の男は、冒険者たちの群れに入るわけでなし、余興を見に行くでもなし、何かを探す風でもなくぼんやりと立っている。 その横顔に、ロジェは驚いた。 二度、三度、自分の目の錯覚ではないかと瞬きするが、何を考えているのか解らない紫の瞳は、目を擦ってみてもすぐそこに立っていた。 「そんな馬鹿な」 思わず漏れた呟きは、妙に遠く聞こえた。 男にしては線の細い、女にも見える綺麗な顔をしたハイプリーストは、行き交う人の中に佇み、どこか遠くを見詰めている。その姿からは、歳が三十なるならずである事ぐらいしか窺えない。 「そんな訳ないだろう」 思いを断ち切るように目を瞑り、はっきりと口にすると、滑稽なほど激しく打っていた胸の鼓動が少しだけ収まった。 他人の空似に違いない。そう自分に言い聞かせる。ロジェの知る男が目の前でこの世を去ったのは、もう何年も前の話だ。 ――あいつの訳がない。 胸に差すかすかな痛みに首を振り、否定と肯定を交互に繰り返しながら数度深呼吸をするうちに、ようやく緊張が緩み吐き出す息が柔らかくなった。 これ以上思い出すまい。うっかり件のハイプリーストを見てしまわないよう俯いたまま看板を手に取り、黒い板にチョークで字を書き込んでいく。 『探し物屋、報酬応相談』 いつもの看板を書くうちにやっと落ち着きを取り戻し、ロジェの口元に笑みが戻る。 看板の足を開いて立たせると、その傍らに腰を下ろした。 柔らかな草は相変わらず座り心地が良い。気を良くして樹に寄り掛かり、千切った草の葉を咥えた。 探し物屋、それがロジェの自称する仕事だった。子供のおもちゃから奥さんのへそくり、遠い日の思い出まで、探したいものがあれば何でもお手伝いします、とはいつもの口上だ。客が多いわけではないが、長いことやっていると以前の客から口伝で新しい客がやって来る事もある。 ささやかな報酬は生計を立てるには程遠いのだが、苦労して探し物を見つけた時のありがとうと笑ってくれる感謝の言葉が心地良くて、ロジェは転生する前からもう何年も、狩りの合間を縫ってこの仕事をやっていた。 ある程度狩りをして稼いでは、こうして何日か看板を立てる。続けて客が来る日もあれば何日も空振りが続く事もあるが、それでいいのだ。 この間など一週間ぶりの客は五歳の少女、報酬は飴玉一つだった。それでも、失くしたぬいぐるみを探して丸二日プロンテラ中を歩き回り、ようやく騎士団の詰め所に届けられていた遺失物の中から見付けてやった時の、あの「ありがとう」の笑顔で、またしばらくやっていける気になれた。 少しだけ遠くなった冒険者たちの賑やかな声は活気と生命力に溢れて、ぼんやりと聞いていると耳に心地良い。 目を瞑って耳を傾けているうちに、木陰の気持ち良さも手伝って、ロジェはいつしかうとうとと居眠りをしていた。 「さがし、ものや……?」 看板を読み上げる小さい声に、がくりと落ちかけた頭が跳ね上がった。 「ああ、すまなんだな、起こしたか」 感情の色が薄い平板な声に謝られ、半分眠気に囚われたままの目を擦る。数度瞬きして改めて顔を上げると、先刻のハイプリーストが看板の前に立っていた。 「探し物をしてくれるのか」 「ああ、書いてある通り探し物屋だからな」 平静さを取り繕って答えると、ハイプリーストは口元に手をやり、しばし考え込むような気配を滲ませて看板を覗き込んだ。 表情の薄い顔がじっと字を見詰めているのを見て、ロジェは取り繕った表情の下で焦りを感じていた。 こうして近くで見れば見るほど、このハイプリーストは彼にあまりに良く似ている。 またぞろ亡くした思いにじくじくと痛みだす胸を持て余し、もっと離れた場所に看板を立てればよかったと後悔しても今更遅い。 何故こんなに似ているのだろうか、まるっきり生き写しではないか。もしやこの男は彼の血縁なのだろうか、それともただの空似か。 そんなロジェの困惑を他所になにやら納得した素振りで頷くハイプリーストは、どうやら何か探したいものがある様子だった。 「探し物の内容は問わないのか」 「ああ、何でも探すよ。プロンテラ一安くて新鮮な野菜から、生き別れの家族まで、何でもな。報酬は内容次第だ」 「そうか、ならば一つ探して欲しいものがある。いささか厄介だが、構わんだろうか」 高くもなければ低くもない柔らかな声に問われ、ロジェは立ち上がって看板を畳んだ。 「厄介でも何でも、探したいものがあるならやるさ」 笑って請け負うと、ハイプリーストは能面のような顔にどことなく嬉しげな気配を見せた。 「で、何を探して欲しいんだ?」 「それがわからんのだ」 返ってきた答えに、ロジェは緑の目を丸くした。 「今、なんて言った?」 「何かを探して欲しいのだが、あいにくと私は記憶がなくてな。とても大切なもので、それがないと行きたい場所へ行けんのだが、なんだったのか思い出せんのだ。何を探して欲しいのか、まずそれを探してくれないか」 実に気楽そうに記憶喪失を告げられ、答えに困った。思い出せないと暢気に言う当人は、記憶の欠落をさほど気にした様子もなくロジェの答えを待っている。本人が解らないものを本人に代わって探せとは、これはとんでもない無理難題を吹っかけられてしまった。 「無理なら無理で構わんのだが」 「いいや、引き受けた以上はやらせてもらう」 聞くだに無茶苦茶な依頼をしている自覚はあったのか依頼を撤回しようとするハイプリーストを止め、ロジェは腹を括った。探し物屋を自称している以上、それがどんな物だろうと探せませんとはプライドにかけて言えない。 それに、見てみたくなったのだ。 たった一度しか自分を見て微笑んでくれなかった彼の面影にぴたりと重なるこの男が、ありがとうと笑ってくれる、その顔を。 |
back |