| StrawberryKiss |
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| アコライト、ティアナ・リゥは大変迷惑していた。 本来、バレンタインというものは聖者に感謝するべき日であるというのに、現状、女子が男子にチョコレートを贈る行事になっている。 神聖なる日に色恋沙汰で浮かれるとは由々しき事態だが、しかし、人々の間に愛が溢れるのは悪い事ではない。 けれど。 「……ショウンさん、湯煎はチョコレートにお湯を入れることではありません……」 何ゆえに、男子が男子に贈るチョコの為に料理を講義せねばならないのか。 まったくもって理不尽極まりない。 「え、違うの?」 「違います。わたくし先ほど、チョコレートを入れたボウルをお湯を入れたお鍋の上に、と申し上げました」 大柄にも程がある黒髪のクルセイダーの前ではまるでおままごとの道具のようなボウルの中で、半端に溶けたところにお湯を足し込まれたチョコレートは、無残にも分離しかかった微妙なホットチョコレートになっていた。 調理器具を手にしょんぼりとするショウンを見て、ティアナは深い深い溜息をついた。 朝の祈りと朝食の後、大聖堂併設の治療院の厨房を借りること半日。未だにチョコを溶かす段階だ。 彼の為にチョコレート菓子の作り方を教えるのは、別段ティアナとしては構わない。十代前半から続く長い付き合いのよしみもあるし、堅物で真面目なクルセイダーに恋人が出来たのは大変喜ばしい事だ。 その恋人が十四も年上で、おまけに男で、更にプリーストであることも譲ろう。真実の愛の前には、年齢も性別も大した障害ではない。はずだ。 二メートル近い長身のショウンに組み敷かれるのが、神学を教えてくれた先輩であることもこの際我慢しよう。想像するまい。 兎にも角にも、愛しい人の為に努力するのは大変良い行いだ。問題は、やる気だけはあるが、彼が致命的に料理の才能に恵まれていない事だ。 何故たかが湯煎する作業だけで大事な板チョコを五枚も浪費されているのか、ティアナにはさっぱり理解できなかった。 「ショウンさん、もうその状態から挽回するのは無理です。火を入れてホットチョコレートにいたしましょう」 何とかできないものかとヘラでだまを潰しているのを止めさせ、仲間のブラックスミスが今朝運んできたばかりの新鮮なミルクの瓶を手に取った。 「この状態から、ホットチョコレートなんて作れるのか?」 「なんとかいたしましょう。失敗したからと、安易に捨ててしまってはいけません。全ての食物は神が与えたもうた恵みの結晶ですもの」 ショウンの手から取り上げたボウルの中身を小さいミルクパンにあけると、温めながらミルクを足して伸ばしていく。 見る間に溶けて甘い香りを漂わせ始めたチョコレートを見て、ショウンは一つ目を瞬かせた。 パーティで野営をすると必ず「お前だけは料理に手を出すな」ときつく言い渡される料理音痴の目には、まるで錬金術か、あるいは魔術か、とにかく自分には出来ない奇跡のように見える。 「すごいんだな、ティアナって」 「この程度ならば、孤児院の子供たちにも出来ますよ」 感嘆の声を上げるショウンに柔らかに微笑むと、出来立てであたたかなチョコレートドリンクをカップに注ぐ。 なみなみと甘い茶色の液体を注いだカップを二つ、ショウンに零さないようそっと手渡すと、ティアナは笑顔のまま、長い黒髪を揺らして首をかしげた。 「さ、冷えないうちにレイル様のところへ」 優しげに告げるティアナの言葉に、初歩的かつ致命的な失敗に悄然としていたショウンは救われたように笑うと、一つ頷いた。 「ごめんな、ティアナ。朝からずっと付き合わせちゃって」 「いえ、お気になさらないでくださいな。わたくし、困っていらっしゃる方をお助けする事が喜びですもの」 ティアナって、なんて聖職者らしいんだろう。 笑みを湛えたまま見上げてくる小柄なアコライトを見下ろし、ショウンは素直に感心していた。 口を開けば嫌味が飛び出してくるプリーストのリオとは、同じ聖職者でも大違いだ。 「ありがとう、師匠のところ、行ってくるよ。よかったらまた後で、ケーキの作り方教えてくれ」 「ええ、奉仕とお祈りの時間もありますから確実にとはお約束できませんが、もし時間が合う事がありましたら、微力ながらお手伝いさせていただきますわ」 さり気無くお断りされているのにも気付かず、柔らかな湯気を立てるカップを二つ手にいそいそと治療院の厨房を出て行くショウンを見送ると、ティアナはホッとして一つ胸を撫で下ろした。 なんとか追い払った。 振り返れば、たかがチョコレートを溶かすだけで大惨事になった残骸がある。 ジャガイモの上に零れて固まったり、湯煎鍋の中で焦げてしまったり。 「これ、食べられるかしら……」 ついケチ根性で呟いてみたが、食べられますと言われても口にしたくない。 これ以上やらせていたら、確保していた板チョコが全部使い尽くされてしまう。冗談ではない。年頃のティアナにだって、用途はちゃんとあるのだ。 「板チョコ五枚、後でアルトさんに言って請求しなきゃ」 もう一つ深い溜息をつくと、ティアナはショウンが再びチョコケーキに挑戦しに来ない事を心から祈った。 (つづく) |
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