StrawberryKiss - 2
 バレンタインから早一ヶ月。
 ショウンはこの上なく難しい顔をして、真剣な眼差しでホワイトチョコの塊を見つめていた。
――ホワイトデーには三倍返しと申しますよ、ショウンさん。
 今朝の礼拝が終わった後のティアナの顔を思い出し、置いて行かれた板状のホワイトチョコに唸る。
 バレンタインの一件を忘れていない彼女は、お返しのホワイトチョコを作るのを習おうと声をかけたショウンに、爽やかにこう言った。
――出来より気持ちですから、是非、ご自分で色々とお試しになってください。
 かくして、鍋とボウルを手に、悩めるクルセイダーはかれこれ三十分以上唸っていた。
 ホワイトチョコの作り方、なるレシピを真剣に見詰め、僅か数行の調理方法を繰り返し読み直す。
「ええと、細かく刻んで、ゆっくり溶かして、型に入れて、……溶かすのは、湯煎、んん?」
 レシピに書かれている用語がさっぱりわからない。
 首をかしげながらボウルにお湯を入れ、ホワイトチョコを見る。多分、これをここに入れるのだろう。
 一ヶ月前にティアナに散々呆れられたのも忘れ、白く甘いチョコを折る。
 早速入れようとした瞬間、後から声を掛けられた。
「ショウン、ティアナが湯煎はお湯の中にチョコレートを入れることじゃないって言ってたと思うんだけど?」
 真後ろでひっそりと囁かれる声に驚き、あわあわと焦って振り返ると、いつの間に忍び寄っていたのか、金髪のハンター娘がにやにやと笑いながら上目遣いに見上げていた。
「な、なんだ、イコか……。もう、驚かせないでくれよ」
 ホッと胸を撫で下ろすショウンを横目で見ながら、イコは呆れ顔で一つ溜息をついた。
「もー、いーい? 湯煎はお湯に浮かべたボウルの中にチョコレートを入れて溶かす方法なのっ。あとチョコはもっと丁寧に細かく刻む!」
 びし、びし、と指差しながら指示され、ショウンは慌ててボウルのお湯を鍋に空け、チョコレートを刻もうとナイフを手に取った。
「チョコ溶かすなんて子供だって出来るよぉ?」
 やたらと手際の悪いクルセイダーを見て、イコはからかい混じりに手元を覗き込んだ。普段は剣を持つくせに、ナイフを使う手元が妙に危なっかしい。
「料理下手のくせになにやってんの?」
 ショウンの料理の下手さ加減は折り紙つきだ。
 食べられる物が作れないを通り越し、食べられる物を食べられなくしてしまう。
 緑ハーブを勝手にトッピングした言い様のない緑色の触手グラタンを見た時、こいつがもしアルケミストだったらさぞかし優秀な毒薬製造屋になったに違いないと思ったものだ。
 例え愛情が込められていたとしても、自分だったらショウンの手料理だけは絶対に断りたい。
「師匠に手作りチョコを貰ったから、お礼がしたいんだ」
 やっと溶かしたホワイトチョコを真剣な顔で型に流し込むのを見て、イコはしっしと手で追い払う仕草をした。惚気魔人め、と心の中で付け加えるのも忘れない。
「ショウン、結構お金持ってるよねぇ? お礼ならなおさら、ちゃんとしたお店のチョコの方が良かったんじゃないの? チョコじゃなくても、焼き菓子とか……」
 真面目で堅実な性格で遊びもギャンブルもやらない。さらに質素な生活に宮遣え。なんだかんだで結構貯金をしているのを知っている。
「うん、持ってるけどね。手作りを貰ったら、手作りを返したくって。チョコレートならなんとかなるかなと思ったんだけど、結構難しいんだな」
 単にチョコレートを溶かして固めるだけの作業が難しいのはショウンだけでしょ、と言い掛けて、イコは危うく言葉を飲み込んだ。
 一途な堅物クルセイダーの殊勝で健気な心掛けに一つ唸ると、冷ますために窓辺へと置いたハート型のホワイトチョコを見やった。
 後片付けをする背中と見比べ、にやりと笑う。
 性別こそ違えど、恋する気持ちは変わらない。ここは仲間として一つ、イベントデーの後押しをしてやるべきだろう。
 イコはポケットから怪しげな小瓶を取り出すと、ショウンが見ていない事を確認して素早く白いチョコレートに振り掛けた。
 昼食を食べている時、プリンを分けてやった白い髪をした子供のようなアルケミストがくれた代物だ。
 『恋人たちの夜のために』
 そう書かれたボトルの中身は、十中八九惚れ薬か媚薬の類だろう。我ながら会心の悪戯と口元を押さえて笑いを堪える。
「じゃ、あたし、用事あるからまたねー」
「いってらっしゃい。チョコの作り方、ありがとうな!」
 足が付く前に、とそそくさと台所を出て行くイコをありがたそうに見送り、ショウンは早くハート型の白いチョコレートが固まらないだろうかとそわそわ窓辺に戻っていった。

(つづく)

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