A sweet little better love -2
「三倍返し、なぁ……」
 露店に並ぶ様々な形のホワイトチョコを見ながら、シオンは一人ぼやいていた。
 華やいだバレンタインから一ヶ月、今度は女性へのお返しを捜す男のため、ホワイトチョコと共に高価なアクセサリーが其処此処の店先を飾っている。
 冷やかしていた店の前から立ち上がると、シオンは人の流れに混じり、歩き出した。
 貰ったからには返さねばならない。
 それが例え、口移しの信じられない甘さのチョコだったり、歯ごたえのある有り得ない苦さのチョコだったとしても、ここは男として三倍返しといきたいところだ。
 しかし。
「三倍って言ってもなぁ……」
 なにしろ、相棒は正真正銘の男だ。
 狩りの助けになる魔力の篭ったアクセサリーやロザリオを身に付ける事はあっても、洒落た髪飾りや帽子に手を出すのを見たことがない。
 実用性重視。実に無駄なく堅実だ。
「甘さが三倍、って味覚の限界を超えてるだろうし、それは有り得んよな」
 砂糖の塊のチョココーティングとしか思えないものをうまうまと食う相棒だ。もはやシオンの想像の限界を超えている。
「新しい特化武器でも買ってやっかねぇ」
 なんとなく視界に入った武器商の露店の前でしゃがむと、丁寧に精錬を施されたチェインを手に取った。
 上質なものを結構な回数焼入れしてある。
「お、兄さん、お目が高いね? そいつは中型の敵に特化してあんだよ。どうだい、かなりお安い掘り出し物の逸品だと思うんだがねえ」
「あー、品はいいね。でもバレンタインのお返しにはちょっと色気がねぇやな」
 早速とばかり話しかけてきたブラックスミスに笑うと、チェインを店先に返す。
「なんだ、そりゃ色気がないどころか振られっちまうよ」
 店主に豪快に笑われ、頭を掻きながら店の前を離れた。
 余計なものに手を出すくらいならばその分を後々に備えて貯金した方がいい、とはっきり言い切る相棒が、何を喜ぶか判らない。
 チェイサーという仕事柄、あれこれと情報収集で偶にお世話になる商売女ならば、巷で噂の有名店の菓子と花束でいけるだろう。ついでにアクセサリーの一つも付ければ完璧だ。甘い言葉と共に付けてやるついでに、そのままスキンシップからベッドへ一直線だ。
 しかし――。
「あいつ、なんの花が好きなんだ?」
 道すがら視界に入った花売り娘のワゴンを見て、シオンは首を捻った。
 十代の頃からペアを組み、早十年以上共にいながら、ろくすっぽその手の話を聞いたことがない。
 共に行動する都合上、食べられない物や苦手な事は知っているが、無類の病的な甘味好きである以外に、相棒が好きなものはほとんど知らない。
 どんな色が好きなのか、どんな花が好きなのか、宝石は、アクセサリーは。
 例えエイスが男だからと言ったところで、一つぐらいはあるだろうに、いざ考えると何も思い至らない。
 溜息をつくと、シオンは乱暴に髪を掻き毟った。
「教えてくれなんて今更聞いたら、とんでもない野暮な男だよなぁ」
 それに、聞いたところで答えは大体想像がついている。
 「ない」あるいは「答える必要がない」だ。
「あれ、シオンさんじゃないっすか」
 人波を眺めている背中に声を掛けられ、振り返ると、カートを片手で引いたブラックスミスの少年が笑って手を振っていた。
 つんつんと跳ねた赤毛の少年――アルトは、人懐こく笑ってシオンの傍まで来ると、丁度シオンの前で露店を広げていた店先を覗いた。
「枝祭りでもするんすか?」
 アルケミストの少女が店番をする露店には、束ねられた古木の枝が並んでいた。
「あー、いや、違う違う。バレンタインのおかえし探し。なかなかピンと来るもんがなくってねー」
「ああ、エイスさんにっすか? 俺も丁度リオに探してたんすよ。一緒に探しませんか?」
 笑っていそいそと誘ってくるアルトを見て、シオンは愛想良く笑い返した。
「いーね、二人で探した方がいい物が見付かるかもしんないしねぇ」
 断る理由はない。早速二人肩を並べて、所狭しと並んだ露店の間を歩き出した。
 昼下がりのプロンテラ南大通りは、どこまでもどこまでも人と露店の海だ。四方八方から呼び込みの声が響き、歓談する人々の笑い声と交じり合って、実に賑やかだった。
 ホワイトデーにお返しと共にプロポーズしようというのか、宝石を並べた露店の前で指輪を選んでいる若い青年を見付け、つい微笑ましさに笑みが零れる。
「あ、こういうのどうっすか?」
 アルトの声につられて視線をやると、ブラックスミスの少年は手に子犬のヘアバンドを持っていた。
「可愛いっすよ、これ。リオには似合いそうだなぁ」
「リオには似合うだろうけどエイスにはちょっと無理じゃないかい?」
 エイスの息子、そしてアルトの相棒であるリオは、容姿だけは天使と見紛う美少女のような少年だ。片方だけちょっと折れた犬耳もさぞかしよく似合うことだろう。
 だがその養父であるエイスは御歳三十二歳。中性的な顔立ちと細身の体型から年齢より多少若く見られるとはいえ、大の男に犬耳はない。
 見たくないとは言わない、いやむしろ見たい。が、しかし、付けてくれと言った瞬間、手錠の鎖を素手で引きちぎる馬鹿力で殴られるのは火を見るより明らかだ。

(つづく)

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