My little sweet heart - 2
 三月の街の中は、バレンタインほどには騒がしくない。
 大聖堂の正門を出ると、リオは一つ大きく伸びをして、石畳を軽い歩調で走り出した。
 ホワイトデーはやはり地味だ。だがしかし、地味だからと言ってスルーしていいものではない。
「一応、チョコの代わりに貰っちゃったしね」
 ふわふわした絹糸のような金髪を飾るのは、陽の光にダイヤの輝きを返す美しいミスティックローズ。バレンタインデーのプレゼントに、アルトがリオにくれたものだった。
 本来は女性の髪を飾るアクセサリーも、それこそ天使もかくやと言われる美少年に掛かれば違和感はなく、むしろ双方の美点を際立たせている。
 中身が悪魔でも姿は天使のいい例だ。
「三倍返しっていうと、……一五〇万?」
 以前露店街で見た時、確かミスティックローズは五〇万の値札が付いていた。
 普通では手が出ない高価な品をアルトがくれた時はひどく驚いたが、それを手に入れた経緯を聞いてなるほどと思った。根っからのお人よしならではというところだ。狙っていてはこうはいくまい。
 リオは肩から斜めにかけているポーチから財布を出すと、大振りな金貨の枚数を数えた。
 懐事情が厳しい面々が多いパーティの中で、リオは養父がそれなりに金銭的に余裕が合ったお陰か、いつも財布は結構豊かだった。
「うん、余裕だね。何にしよっかな、帽子かな」
 いつ見ても古びて煤けたゴーグルを愛用しているアルトの顔を思い浮かべ、難しげな顔で唸る。
 なんでも似合うリオと違って、なかなか似合うものを探すのが難しい男だった。何しろつんつん逆立った赤毛に釣り目の一重、可もなく不可も無い有り触れた平凡な顔立ちをしている。あえて特徴というなら、少し童顔なぐらいだろう。
 あの景気よく逆立った髪を生かし、かつ男らしく大人びて見せるもの。なかなか難しい条件だ。
 プロンテラ市街の中央に配された噴水まで来ると、ちらほらと店を並べる露店を見渡した。
「んー……値下がりしちゃってるなー」
 ウエスタングレイスかオールドスターロマンスにしようかと思ったが、最近とんと値下がりしたそれらはミスティックローズと大して変わらない。
 居眠りする商人の店先にしゃがむと、値札の付いた帽子を手に取り、隅々まで状態を確認する。――品はいい。だが、アルトの未来の夫として三倍返しは譲れない。帽子を三つ買ってセットに、などというのもいまいち格好がつかない。
 溜息をつくと、隣に並べられていた学生帽に手を伸ばした。
「これかなぁ……?」
 値札を見ると二〇〇万と書かれている。予算を軽くオーバーする値段に唸るが、まだまだ当分少年ぽさが抜けないだろうアルトには他の帽子より似合いそうだ。
 よし、これにしよう。財布を取り出したところで、ぽんと背中を叩かれた。
「っわあああ?!」
 びっくりして振り返ると、猫のような緑の目がじっと見下ろしていた。
「リオじゃん、何してんだよ?」
「もぉ! アルトってばタイミング悪すぎ!」
 ぷっと膨れて立ち上がると、なんで? とおたおたするブラックスミスをねめつける。この半端者の鍛治師と来たら、天才的に間が悪わるい。もう天賦の才としか言いようがない。
 腰に手をやり、深々と溜息をつくと、リオは心底苦悩するようにゆるゆると首を振った。
 どうしてこいつが好きなんだろう。相手間違えたかも。
 うっすらとピンクの頬をぷっと膨らませると、少年の不機嫌の理由が解らずに困り果てるアルトを見上げた。
「もういいもん。ホワイトデーなんかあげないんだから」
 言い捨てられ、アルトがショックに目を見開く。
「なんで?! なんでだよ、俺なんもしてねぇじゃん!」
「したもん! お返し買おうとしたとこ邪魔したじゃないさ! たった今!」

(つづく)

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